/【星暁雄のブロックチェーン界隈ざっくり見て歩き】スケーリング狂詩曲〜パブリックブロックチェーンの技術革新は創造のムーブメントだ

【星暁雄のブロックチェーン界隈ざっくり見て歩き】スケーリング狂詩曲〜パブリックブロックチェーンの技術革新は創造のムーブメントだ

 ブロックチェーン技術は大勢の若く、優秀な、イカれたソフトウェア開発者たちを引きつけている。過去30年ばかり技術を追いかけてきたITジャーナリストとして、今この分野に取り組む理由はこの一点に尽きる。彼らがこの分野に引きつけられる理由は、はっきりいうが「お金」ではない。未来がどう変わるのか、そこに向けてどれだけ興味深い課題に取り組めるのか──ここがなにより重要なのだ。

 若く、優秀な、イカれた開発者が集まる場所からは何か重要なものが出てくる可能性が高い──そうした嗅覚レベルの直観に突き動かされて、取材者&記録者として取り組んでいるのが私の立場だ。このコラム連載では、開発者ではないが記者という専門家ではある立場から、ブロックチェーン技術周辺のあちらこちらをざっくりと見ていく記事を書いていきたい。

 第1回目として、パブリックブロックチェーンのスケーリングを取り上げる。ブロックチェーン技術で大きな話題といえば、まずスケーリング、つまり性能向上への取り組みだからだ。

 なぜ性能向上への取り組みが重要なのか。私の考えでは大きく2つの理由がある。1番目の理由は、BitcoinとEthereumという重要なパブリックブロックチェーン2つでは、実際にネットワークの混雑が問題となっているからだ。それに伴い、Ethereumの上でDApps(分散アプリケーション)を動かすための利用手数料(Ethereumでは「Gas代」と呼ぶ) も高止まりが続いている。「Ethereumのパブリックブロックチェーンをターゲットにサービスを開発しようとしたが、利用手数料などの問題で自分たちでEthereumのノードを立てて自社専用ブロックチェーンで運用することにした」という事例を聞くようになったほどだ。

 2番目の理由は──これは世間ではまだ表だって言われていないようだが、ブロックチェーン技術の性能向上という課題そのものが興味深いからだ。小手先の工夫では済まず、本質的なサイエンス、エンジニアリング、クリプトエコノミクスが求められる。少なからぬ人数の人々が、科学者、工学者、あるいはまだ名付けられていないなんらかのクリエイターとして、この分野に興奮を感じて取り組んでいるはずだ。

 ちなみに、クリプトエコノミクスとはこの界隈で最近よく聞く造語だ。暗号通貨経済学とでも訳せばいいのだろうか。パブリックブロックチェーンを成立させるには、純粋な技術だけではなく、経済合理性に基づき人間の行動をコントロールする──例えばノードを運用するとマイニング報酬が得られる正のインセンティブや、ペナルティが発生するから不正はしないでおこうという負のインセンティブの設計が欠かせない。このインセンティブ設計では経済学やゲーム理論の知識とセンスが求められることから、クリプトエコノミクスという言葉が出てきた。

 ブロックチェーン界隈は解くべき課題の宝庫だ。BitcoinもEthereumもブロックチェーン分野の重要な技術はオープンソースソフトウェアとして開発されているのだが、オープンソースの開発コミュニティがうまくいく条件の一つは、課題を解くことが面白いと考える種類の人々が集まり、解くに値する課題がいい感じに供給されることだ。Ruby開発者まつもとゆきひろ氏の「オープンソースはサメ」論によれば、一部のサメは酸素を取り入れるために泳ぎ続けないと死んでしまうように、オープンソースコミュニティは解かれるべき適切な粒度の課題を常に供給し続けないと死んでしまうそうだ。

 サイエンス、そしてエンジニアリングの分野でも、面白い、楽しいから取り組んでいる人々がいるかどうかは、その分野の勢いを見るための重要な判定材料だと考えている。

ブロックチェーンのトリレンマで考える

ブロックチェーンのトリレンマ

 スケーリング問題についてよく知られた印象的な説明がある。EthereumのキーパーソンであるVitalik Buterinが提示した「ブロックチェーンのトリレンマ」という概念だ。これは、スケーラビリティ、非中央集権、セキュリティの3要素のうち、同時に満たせるのは2要素までである、という制約だ(詳細説明)。ざっくり説明すると、スケーラビリティとは処理能力を向上できる度合い。非中央集権とはブロックを検証する「ノード」を誰でも自由に立てることができるか(パーミッションレス)、他のノードへの信頼を前提とせず機能するか(トラストレス)、特定のノードに依存していないか(単一障害点、単一信頼点の排除)、そして実態として多数のノードが分散して運用されているか。セキュリティとはブロックチェーンへの攻撃を成功させる難易度だ。

 BitcoinやEthereumは、非中央集権の度合いが非常に高いと考えられている。誰でもノードを立てて運用できるし、実際にそうなっている。特定のノードを信頼する必要はない。もっとも、これはノードを立てて運用するための設備投資や電気代を負担できる資本力があるなら、大きな支配力を買い占められることでもあるが。

 さて、Bitcoinや現行のEthereumは、前述のトリレンマの3要素のうち、非中央集権とセキュリティに重点を置き、スケーラビリティを犠牲にしていると考えられている。Bitcoinは約1万ノード、Ethereumは数万ノードの巨大な分散システムだが、処理の分散はいっさい行われていない。数万台のノードがまったく同じ処理をして、ブロックチェーンに書き込む記録内容の検証を行っている。おおよその処理性能は、Bitcoinは約7トランザクション/秒(SegWit仕様適用後はそのちょっと上)、Ethereumは約15トランザクション/秒。細かい話をすると、ここでトランザクションという言葉の内容は伝統的な情報システムの用語とちょっと違うのだが、「そんなに速くない」ということは伝わると思う。

 ここで、スケーラビリティを高める、つまり性能向上を図るとき、その設計思想は大きく2つに分かれる。

(1)非中央集権の度合いを犠牲にしてスケーラビリティを追求する考え方。
(2)非中央集権もセキュリティも守りながら、スケーラビリティを追求する考え方。

 (1)の非中央集権の度合いを犠牲にする例は、比較的新しいブロックチェーン技術であるCosmosやEOSだ。

 Cosmosは複数ブロックチェーンの連携を目指す技術で、ブロックチェーンを作る技術の部分をTendermintと呼ぶ。Cosmosでは検証ノード数は100以下に抑えられていると説明されている。Tendermintは「過酷な条件でも1000トランザクション/秒以上の性能を出す」と説明している。

 EOSは、新たなスマートコントラクト、あるいはDAppsのプラットフォームとして登場した。約42億ドル相当と過去最高額(2018年11月時点)のICO(新規仮想通貨トークン発行による資金調達)を実施して有名になった。EOSを技術的に見ればブロックチェーンを検証するノード数を21と少数に絞り、DPoSと呼ぶアルゴリズムを使うことで4000トランザクション/秒程度の性能を引き出すとされている。

 検証ノード数が少なすぎる、ICOの調達額が巨額すぎるなど批判もあるが、EOSは実績を作り上げつつある。統計サイト”State of the DAPPS”によればEOS上のDAppsは80種が登場、利用実績ではEthereum上のDAppsよりもDAU、トランザクション数、取引高で上回っている。特にEOSが処理する24時間あたりトランザクション数はEthereumより十数倍多い。Ethereumはスケーリング待ったなしの状態にあるとの見方もできる。

EOS・Ethereum・POAの比較(State of the DAPPS)

 ざっくり言えば、Cosmos/TendermintもEOSも、BitcoinやEthereumよりはるかに高い処理能力を出せるブロックチェーンプラットフォームが現時点で動いていることが強みであり、それと引き換えに非中央集権の度合いは弱い。今動いていることが重要なので使うという考え方もあるだろう。

非中央集権スケーリングは挑戦的な課題

 (2)の非中央集権を維持しつつスケールするアプローチは本質的に難しいのだが、その取り組みは進行中である。

 まず名前が挙がるのはLightning Networkだ。Bitcoinのブロックチェーンの一つ上の階層である「レイヤー2」で少額、高頻度、高速に取引を実現する。Bitcoinのブロックチェーンには処理性能の上限があるが、レイヤー2では処理の分散が可能で性能の上限はなくなると考えられている。大事な話なので繰り返すが、原理的には性能の上限はなくなる。世界中に広がるネットワークにまたがった分散処理を行うからだ。「Lightning Networkは、データセンターにサーバーを集約するアーキテクチャのクラウドコンピューティングよりも性能の上限が上回る可能性がある」(Lightning Networkに取り組むスタートアップNayutaの栗元憲一CEO)と聞けば、これはただ事ではなく重要な技術だと思えてくるだろう。

Lightning Networkのネットワーク状況をビジュアル化したもの

 このLightning Networkの歴史はけっこう長く、足かけ4年にわたり研究開発が続けられてきた。2015年2月にはThaddeus DryjaとJoseph PoonがLightning Networkについて講演を行っている(資料)(講演動画)。2018年に入り、Lightning Networkを使って実際にBitcoin建てで支払いができるネットワークが立ち上がっているが、段階としては試験的なものだ。仕様の改訂もまだ続いている。5〜6種類ほどのLightning Networkのプロダクトがあり、それぞれのグループが協力して技術開発を進めている。前出の栗元氏は「Lightning Networkが成熟するまでには、まだ時間がかかりそうだ」と語っている。プロトコルが複雑なので、十分に成熟した後に実用段階に移る形になりそうだ。

 Lightning Networkのためのアプリケーションを「Lapps」と呼ぶ場合があるが、多くの場合、これはLightning Networkの機能を呼び出すアプリケーションという意味だ。今のところLightning Networkは本質的には少額決済のネットワークでアプリケーションプラットフォームという訳ではない。なお、研究レベルではLightning Network上のアプリケーション(スマートコントラクト)への取り組みはある。

Ethereumでは3通りのスケーリング手法が同時並行で進む

 ネットワークの混雑がシリアスな課題となっているEthereumでは、複数のスケーリング手法が同時に進んでいる。その手法は大きく3つに分類できる。

 (1)シャーディング(レイヤー1)。DAppsの動作を異なるノードで並行処理する。Ethereum2.0ではこのアプローチで最大1000倍(1万3000トランザクション/秒程度)の性能向上を果たすとしている。この2018年10月30日〜11月2日にプラハで開催されたEthereum開発者会議Devconから伝えられた情報によれば、早ければ2019年春頃にもEthereum2.0の試験運用が始まる可能性があるとのことだが、もう少し気長に見た方がいいかもしれない。

 (2)Plasma(レイヤー2)。Ethereumとつながる子供のチェーン(Plasmaチェーン)をたくさん作りツリー型の構造にして処理を分散させることで、全体の処理能力を向上できる。2017年8月に、Joseph Poon(前述のLightning Network提案者の1人でもある)とEthereum創設者のVitalik Buterinの共著でホワイトペーパー(日本語訳)が公開されていて、そこには「10億トランザクション/秒」というものすごい数字が記されている。不正監視と資産退避のインセンティブ設計──つまりPlasmaチェーンで不正が見つかったら、Plasmaチェーン上の価値記録をぜんぶ親チェーンに退避するための安全装置を組み込むことがPlasmaの基本だ。Plasma技術に取り組むスタートアップ企業Cryptoeconomics Lab CTOの落合渉悟氏の語り口を引用すると「非中央集権性をプライベートチェーン(Plasmaチェーン)に注入する」アプローチである。

 Plasmaという技術は、Plasmaチェーンを自分たちのアプリケーション専用にでき、しかも好きのように設計、開発、運用できる。それでいて非中央集権性があるという点が大きなポイントだ。今現在、世界中で多種多様なPlasma技術が立ち上がっている。要注目なのは実用を狙ったPlasma派生技術Plasma Cash関連の取り組みだ。例えばタイに本拠地を置くスタートアップOmiseはPlasma Cashに基づくサービスを構築中である。その予告編のような形で、同社はPlasmチェーン上のゲームを公開した。前出のCryptoeconomics Labは、Plasma Cash上のアプリケーションの開発を容易にし、またEthereumが混雑しても低コストで運用できるようにするフレームワークPlasma Chamber(発表資料)の開発を進めている。

OmiseGoのPlasmaネットワークのデモンストレーション「Plasma Dog」

 (3)ステートチャネル(レイヤー2)。Lightning Networkのようにオフチェーンに取引チャネルを作る。例としてRaiden Networkがある。

 完全に非中央集権でスケーリングするアプローチは、いずれも開発の途中段階にある。だが複数の取り組みが同時並行に進んでいて、勢いがある分野だ。今までざっと紹介しただけでも、活発な技術開発が行われていることは伝わったのではないだろうか。

 あえて比較するとBitcoin界隈は開発者の層が厚く、「何をどのように開発するか」を長い時間をかけて熟慮したうえ実現する。Lightning Networkにも4年近い時間をかけている。一方、Ethereumの界隈は挑戦的な目標が複数あり、たくさんのグループが競争して開発に取り組んでいる。その代わり、成果にはちょっとムラがある感じだ。

 それぞれ流儀は違うが、たくさんの才能を大きな目標に向かって動かしているところは共通している。そういえばEthereum創設者のVitalik Buterinのことを「天才を操る天才だ」と評する意見を聞いたことがある。

才能が集まるところから、何かが登場する

 畑違いではあるが、ここで私が連想したのはディアギレフ。「天才を見つける天才」と評された人物だ。ディアギレフは20世紀初頭の芸術運動といわれたバレエ・リュスを主催し、バレエのフォーキン、ニジンスキー、アンナ・パヴロワら、音楽のストラヴィンスキーやプロコフィエフやラヴェルやサティら、美術のピカソやマティスやキリコやルオーら、文学のコクトー、服飾のココ・シャネル──こうした複数の芸術ジャンルにまたがる天才を駆り立て舞台芸術を創作させた。例えば前衛作品としての生命を今も保っている「春の祭典」はこのムーブメントから登場した作品だ。

「春の祭典」のスケッチ。終盤「生贄の踊り」の場面のストラヴィンスキーによる音楽と、ニジンスキーによる振付を記している。1913年の出版物から

 芸術とソフトウェアは分野が違うし、ブロックチェーン技術の界隈が後世でどのように評価されるのか、確かなことはわからない。肌感覚としては芸術運動におけるバレエ・リュスを上回るような、天才、鬼才がぞろぞろ集まる大きなムーブメント、「事件」が進行中なのだ。伊藤穰一氏は、Bitcoin開発者たちのことを「アーティストのような、代替がきかない存在」と評している(参考情報)。

 読者の皆さんも感じているかもしれないが、ブロックチェーン技術への評価や理解度は人によって大きく違う。だいたい、大化けするような技術は初期段階では評価や理解度がまちまちで混沌としているものなのだ。自分自身が記者として付き合ってきた技術に絞って見ても、32ビットプロセッサ搭載PC向けOS、インターネットとWeb、Javaテクノロジ、スマートフォンなど、途中で評価が大きく変わる技術はいくつもあった。大きなムーブメントは、始めのうちは誤解もしくは過小評価から始まると考えた方がいい。

 日本を含む世界中の少々イカれた開発者たちが知識を共有し、実装では競争しながら、共通の課題に取り組んでいる。そのことを考えると、少し先の未来ではブロックチェーン技術は今よりずっと大きな役割を果たしていると考えて、いろいろなものを見ていった方が有効な情報収集ができるだろう。記事冒頭で触れたように、この分野で大勢の若く、優秀な、イカれたソフトウェア開発者たちは活発に活動している。彼らは、つまらない場所には決して寄りつかない。評価が割れており、なおかつ優秀な若者が寄りつく──これこそ、PCやインターネットに並ぶ変革の可能性がここにあることを示すサインなのだ。